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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)293号 判決

控訴人 原正一

右訴訟代理人弁護士 君和田保蔵

同 飯塚芳夫

被控訴人(兼亡柏崎謙二訴訟承継人) 柏崎ため子

〈ほか三名〉

以上被控訴人ら四名訴訟代理人弁護士 八木下繁一

同 八木下巽

主文

一  本件控訴を棄却する。

ただし、訴訟承継により原判決主文第二項を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人らに対し、原判決添付別紙物件目録記載の土地について水戸地方法務局阿見出張所昭和四五年九月二四日受付第四六三五号をもってなされた停止条件付共有者全員持分全部移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人柏崎ため子は控訴人に対し、金二三〇万円及びこれに対する昭和四五年九月二四日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じ、(イ)控訴人の被控訴人柏崎ため子に対する請求について生じた部分は同被控訴人の負担とし、(ロ)被控訴人らの控訴人に対する請求について生じた部分は被控訴人らの負担とする。

との判決並びに右2項及び4項(イ)につき仮執行の宣言を求める。

二  被控訴人ら

控訴棄却の判決を求めると共に、訴訟承継に伴い、控訴人に対する請求の趣旨を主文第一項ただし書のとおり改める。

第二当事者の主張及び証拠

次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決五枚目表三行目及び五行目に「(一)」とあるのをいずれも削り、同五行目に「被告ら」とあるのを「被控訴人柏崎ため子」と改める。)。

一  主張

(控訴人)

1 柏崎安雄(以下「安雄」という。)は被控訴人柏崎ため子(以下「被控訴人ため子」という。)の夫栄治が昭和四一年四月一一日に死亡した後は被控訴人ため子の家業である雑穀等集荷業の一切を主宰し、昭和四四年秋頃同被控訴人の代理人として、右営業用の機械購入資金にあてるため被控訴人ら及び柏崎謙二(当時被控訴人ため子を除く四名はいずれも同被控訴人の親権に服していた。)の共有する茨城県稲敷郡阿見町飯倉字桜丘一〇四〇番六畑二反七畝二四歩を売却したい旨控訴人に申し入れ、控訴人の斡旋により同年一一月一二日大久保数一との間に右土地について売買契約を締結したことがあり、右取引はその後代金の授受も了し、大久保数一の転売先に対し被控訴人ら及び柏崎謙二から直接停止条件付所有権移転仮登記がなされ、何ら問題なく終了した。このような事情もあって、控訴人としては本件準消費貸借契約の締結及びこれに基づく債権を担保するための仮登記の設定についても安雄が正当な代理権を有するものと信じたのであり、このように信ずるにつき控訴人に過失はなかったものというべきである。

2 後記被控訴人らの主張2は認める。

(被控訴人ら)

1 右控訴人の主張1中安雄が昭和四四年一一月一二日被控訴人ため子の代理人として、控訴人の斡旋により控訴人主張の売買契約を締結したことは認めるが、その余は争う。

2 柏崎謙二は昭和四八年七月一五日死亡し、母である被控訴人ため子が相続によりその権利義務一切を承継したので、原判決添付別紙物件目録記載の土地は現在被控訴人らの共有に属する。

二 証《省略》

理由

第一控訴人と被控訴人ため子間の準消費貸借契約について

一  《証拠省略》を総合すれば、安雄が被控訴人ため子の代理人と称して、控訴人から昭和四五年七月上旬以降数回にわたり借受けた合計金二三〇万円(同年七月七日金七〇万円、同月一〇日金二五万円、同月一七日金二五万円、同年九月一〇日八〇万円、同月二四日金三〇万円)について、同年九月二四日控訴人との間に弁済期同年一一月六日、利息月四分の約束で返還する旨の合意をなした(この準消費貸借契約を以下「本件契約」という。)ことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  控訴人は、被控訴人ため子が安雄に対して本件契約締結の代理権を与えた旨主張するが、これにそう原審及び当審における控訴人本人の供述は《証拠省略》に照らしてにわかに採用できず、後記認定のとおり被控訴人ため子が自己名義の米穀等集荷業を安雄において行うことを許容していた事実をもっては控訴人の右主張事実を推認するに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三  次に、控訴人は、本件契約につき民法一〇九条による表見代理の成立を主張するので検討するに、《証拠省略》によれば、被控訴人ため子の夫柏崎栄治はかねてから米穀等集荷業を営んでいたが、同人が昭和四一年四月一一日死亡したので、被控訴人ため子が右営業の名義を引き継いだこと、しかし栄治死亡後被控訴人ため子は従前と同様原判決添付別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)等の耕作に従事して生計をたて、右営業については栄治生存中からこれを手伝っていた同人の弟安雄に委ね、以来同人が集荷販売等を自らの計算で行い、これによる利益も一部を被控訴人ため子に渡すほか、そのほとんどを取得するようになったが、営業名義人は依然被控訴人ため子であり、外部的には右営業について安雄が被控訴人ため子から権限を与えられて同被控訴人のために営業活動を行っているものと見られる状況にあったこと、安雄は控訴人から前記一認定のとおり数回にわたり金員を借受けるにあたって、控訴人に対し右営業のための資金に必要である旨を告げ、控訴人もその旨信じて貸付けをなしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、被控訴人ため子は本件契約が締結された当時前記米穀等集荷業に伴う取引について安雄に代理権を与えた旨を黙示的に一般に表示していたものと認めるのが相当であり、前記一認定の安雄がなした控訴人からの数回にわたる金員借受け、したがってこれに基づく債務を目的とする本件準消費貸借契約の締結は、外形的には右のようにして表示された安雄の代理権の範囲内に含まれる行為であったということができる。

四  そこで、進んで控訴人には本件契約の締結にあたり安雄に代理権があると信ずるにつき過失があった旨の被控訴人らの主張について検討する。

1  《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、昭和四五年七月初旬安雄から本件土地を担保に提供するから自己を代理人として被控訴人ため子に金二〇〇万円程度の営業資金を貸して欲しいと申し入れられ、その際甲第五号証(金二〇〇万円の借入れに伴い本件土地に抵当権を設定する権限を安雄に与える旨の被控訴人ため子名義の委任状であり、安雄が自らの印鑑を用いて勝手に作成したもの)の交付を受けたが、前記一認定の第一回目の貸付け(同月七日)を実行するに先立ち被控訴人ため子方を訪れ、同被控訴人に対し、安雄から右のような申入れがあったことを述べ、右甲第五号証を示して同被控訴人の意思を確かめたところ、同被控訴人は、安雄からは農協より金員を借受けるについて控訴人に保証を頼む話を聞いているだけであり控訴人より金員を借受ける意思はないと応答し、前記委任状の記載内容が同被控訴人の意思にそうものでないことを明らかにした事実を認めることができる(《証拠判断省略》)。そして右認定のようないきさつがあったことに加え、《証拠省略》を総合すれば、安雄が営業資金に使用するとして借受方を申し入れた約二〇〇万円という金額は前記米穀等集荷業の規模に照らし決して小さい額とはいえず、また安雄から担保提供の申出のあった本件土地は被控訴人ため子一家の住居を囲む畑であって、同被控訴人がこれを現に耕作して生計をたてていたものであり、控訴人も当時これらの事情を十分認識し、又は容易に認識しえたものと認められることもあわせ考えれば、控訴人としては、被控訴人ため子が同被控訴人にとって重大な結果を来たすやも知れぬ安雄の金員借受け、ひいては本件契約の締結を真実承諾しているか否かについて十分な注意を払うべきであったということができる。

しかるに、《証拠省略》によれば、前記のように控訴人が被控訴人ため子方を訪れた日以降本件契約の締結までには約二箇月半の余裕があり、その間控訴人において被控訴人ため子に対し、安雄への代理権授与の有無を直接確認することに何らの障害もなく、むしろ極めて容易にこれをなしえたものと思われるのに、控訴人は遂にそのような行動に出ることなく前記貸付けを行い、本件契約の締結に至ったことが認められる。もっとも、控訴人は、原審及び当審において、右訪問の翌日被控訴人ため子方を再度訪れ、安雄の母で被控訴人ため子と同居していた柏崎ひでから同被控訴人も控訴人より金員を借受けることを結局了承した旨聞いたので、これを信じて前記第一回目の貸付けに及んだ旨供述するが、右供述は原審証人柏崎ひでの証言に照らしにわかに措信し難いところであるのみならず、仮にそれが事実であったとしても、前日被控訴人ため子本人から前記認定のような応答をされた控訴人が、同被控訴人に直接確かめることなく、責任をもって一家内の切盛りをしていたものとも思われない老母ひでの述べるところをそのまま信じ、その後も何ら確認のための措置をとらなかったのは、軽率のそしりを免れないといわなければならない。

以上説示したところに、控訴人が金融業者であるとともに不動産業を営んでいたこと(原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によって認める。)をも勘案するときは、控訴人には本件契約の締結にあたり安雄が被控訴人ため子から右契約締結の代理権を授与されているものと信ずるに過失があったものといわざるをえない。

2  もっとも、安雄が昭和四四年一一月一二日被控訴人ため子の代理人として控訴人の斡旋により大久保数一との間に控訴人主張の土地につき売買契約を締結したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右売買は、被控訴人ため子の負債の返済及び前記営業の資金にあてるためになされたものであり、その後代金の授受も了し、安雄の協力により大久保数一の転売先に対し被控訴人ら及び柏崎謙二から直接仮登記がなされたことが認められ、以上の認定に反する証拠はない。しかしながら、前叙のとおり控訴人が被控訴人ため子から一旦は明らかに安雄への代理権授与を否定された事実その他右1に認定説示したところに照らすと、控訴人において、安雄がかつて被控訴人ため子の正当な代理人としてした取引に仲介人として関与した事情があるからといって、本件契約にあたり今回もまた安雄が被控訴人ため子から正当に代理権を授与されているものと軽信してよいものとは到底いい難く(なお、《証拠省略》によれば、大久保数一との右取引の際には被控訴人ため子本人も立会って契約書の作成がなされていることが認められる。)、右事情の存在をもっては控訴人に過失があったとの前記認定を左右するには十分でないというほかない。そして他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

3  上の次第であって、本件契約につき民法一〇九条による表見代理は成立しないものというべきである。

五  よって、控訴人が被控訴人ため子に対し本件契約に基づく債権を有することは認められないものというべく、その履行を求める控訴人の被控訴人ため子に対する貸金請求は理由がない。

第二被控訴人らの控訴人に対する仮登記抹消請求について

本件土地が被控訴人ら及び柏崎謙二の共有であったところ、柏崎謙二が昭和四八年七月一五日死亡し、被控訴人ため子が相続によりその権利義務一切を承継したので、現在被控訴人らの共有に属すること、右土地について被控訴人ら主張の仮登記がなされていることはいずれも当事者間に争いがない。そして、控訴人は抗弁として、控訴人が本件契約に基づき被控訴人ため子に対して有する債権を担保するために、被控訴人ら及び柏崎謙二の代理人安雄との合意にに基づき右仮登記をうけたものであり、仮に右仮登記をなすにつき安雄に代理権が認められないとしても表見代理が成立すると主張するが、右抗弁の前提となる被担保債権の存在が認められないことは第一において説示したとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく右抗弁は理由のないことが明らかである。

よって、控訴人に対し右仮登記の抹消登記手続を求める被控訴人らの請求は理由がある。

第三結論

以上の次第であって、控訴人の被控訴人ため子に対する貸金請求は失当として棄却すべく、被控訴人らの控訴人に対する仮登記抹消登記手続請求は正当として認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、なお、訴訟承継により原判決主文第二項を主文第一項ただし書のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 三井哲夫 河本誠之)

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